2010年2月10日

●会長税理士・相原コラム●立春余談

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☆新聞の報道によりますと、西武百貨店沼津店が早ければ11年2月期中にも閉鎖するとのことです。

西武百貨店が沼津に来たときは、一流百貨店が来たということで沼津の地位は大いに上がったものでした。西武の包装紙がもてはやされました。

それがついに閉鎖。沼津西武よお前もかという感じです。時代の流れでしょうね。

今、全国の百貨店が閉鎖を強いられています。京都の河原町阪急、札幌の三越専門店ビル「札幌アルタ」、西武の有楽町店等々。

沼津では既に丸井も撤退しており、駅前再開発で建てた「イーラ」も営業不振。また商業とは関係がないがJR沼津貨物駅の存続について県知事が不要論を述べるなど地盤沈下が続いている感じがします。

昔は県東部の中心都市として大層羽振りがよかったものでしたが。


☆日本国の借金はいくらあるとお思いになりますか。2010年末の見通しでは973兆円とされています。これは赤ん坊からお年寄りまで国民一人あたり763万円に相当します。

ところで借金に苦しんで自らの命と引き替えに返済をしようとする人の平均的な借入金額は700万円といわれております。この辺の金額が一番苦しいのだそうです。


☆自殺をする人が毎年3万人以上と交通事故死よりも多い異常な事態が続いています。自殺は人間だけで動物はしません。なぜなら動物は脳が発達していないからです。人間は脳を発達させて文明を築き上げてきました。同時に悪いこともしていますが。

地球が誕生してから46億年。人類の祖先の誕生は最大でも僅か700万年前。地球の誕生から現在までを1年間にすると(進化カレンダー)、人類の誕生は12月31日の11時頃です。さらに今の我々の祖先であるホモ・サピエンスが誕生したのは12月31日の23時37分頃になります。

だから我々は長い地球の歴史から見ればまだほんの僅かな時間しか経っていません。それなのに目先のことに一喜一憂したりすることは全く取るに足らないこと。

しかもこの僅かな時の流れのなかで何度戦争を繰り返したことでしょうか。今も戦っている地域があります。日本の近くにも気違いみたいな国があります。もっとも日本でも豊臣秀吉は朝鮮侵略をしたのでおおきいことは言えませんが。

どうして人間は戦いをするのでしょうか。

人間は樹木から降りて地上で暮らすようになり、直立2足歩行となり、脳を発達させ言語もしゃべるようになりました。

最初にアフリカで生まれ、やがて全世界に拡がったという説が今では有力です。

日本へは4~3万年前にやって来たと言われています。

縄文時代の人々は狩猟が中心でした。そのころは人口も少なく共同生活で戦争はなかったといいます。それが弥生時代になり、稲作を中心とする農耕社会になると集落を作り、田(土地)が必要となった。人口も増え、少しでも多くの収穫を得ようと他の集落を襲って土地を奪うことが始まった。つまり食糧の確保。これが戦(戦争)の始まりの主な原因だと言われています。勿論単純にこればかりではないでしょう。例えば闘争本能や野望、宗教など。

縄文時代の人骨には戦争で殺されたような痕がない。ところが弥生時代の人骨には矢じりが刺さっていたり武器でできた傷が残っていたり、また首を切られた遺骸もあるといいます。考古学の立場から言うとそうなるそうです。本当の話です。

本当にこの世から戦争など無くなればよいのにと、素朴にそう思います。そうすれば沖縄の米軍基地要らない、アフガニスタン、イラクも平和になる。

僕は1942年12月生まれで太平洋戦争は全く覚えていません。戦後の辛い一時期がありましたが、田舎に住んでいましたから都会の人の辛苦に比べたらはるかに楽ではなかったかと思います。

67年余の人生の殆どを戦争もなく徴兵制度もない日本で生きていることを大変幸福に思いそして感謝しています。

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2010年1月19日

●会長税理士・相原コラム●父のこと

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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
毎年1月は僕のお便りの葉書はお休みですが今年は事務所ニュースの所長のスペースをいただきましたので書いております。

年末年始になるとよく父のことを思い出します。父は平成元年(1年)1月11日午後11時に亡くなりました。まさに1づくしで非常に覚えやすい。

もうじき22年になります。
74歳でしたから今の時代では早いほうだと思います。ちなみにその4年後にやはり74歳で母が亡くなっています。

父は若いときから旅行が好きでした。それも一人で列車に乗って。

しっかりした旅館・ホテルに泊まるのではなく、安い宿、時には駅のベンチに寝たりしたようです。

毎年、会社が仕事納めになると大晦日まで旅行に出かけます。

元旦には一旦帰ってきます。

家族で新年を祝い、お雑煮を食べその日はお休み。翌2日からまた旅行に出かけます。

そのおかげで僕は中学生の頃から年末の餅つき、大掃除をやらされ、正月には親戚への年始回りをやっていました。

実は父は一度餅つきをやったことがあるんです。その時、餅をつかずに臼をついてしまった。杵と臼が傷つき、それ以来2度と餅つきはしなくなったのです。それでお前やれということですか。

年始回りは、僕が中学生になったからもう代わりができると思ったのか僕にさせて自分は年始旅行に行ってしまいました。

餅つきはともかく年始回りは嫌だったですね。三島市内と近辺7~8軒ですけど。いちいち「父が旅行中なので」と断って年始のあいさつをして回ったものです。

今は相手の世代も変わったりで全部の親戚を回りません。今年は喪中の家があったりして2軒だけでした。これからはだんだんしなくなるのでないでしょうか。

餅つきも電動餅つき器になりました。

草葉の陰から父は何と思っていることか。


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2009年12月15日

道具

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
一年の経つのは早いもので、もう師走です。今年は暖かい日が多く十二月という感じがしませんが、それでも長年の習い性からかなんとはなしに気ぜわしく感じます。

さて、今回は道具というテーマで書かせて頂きます。
また釣りの話で恐縮ですが、先日釣りに行った時のことです。朝六時に出船し、ポイントに到着したところで、船長の合図とともに釣り開始となりました。

ご存知の方も多いと思いますが、釣りは「朝まづめ」、「夕まづめ」、といって日の出前後、日の入前後が一番釣れる時間帯です。朝六時に出船した私たちは、当然「朝まづめ」を狙うことになります。ここで一匹釣れるかどうかで、その日一日余裕を持って釣りができるかどうかという大事な時間帯です。

出船してからポイントに着くまでは、結構忙しく準備を整えます。それもこれも、この「朝まづめ」の時間帯にスムースに釣りをするためなのです。釣りをやったことのない方は、釣り人というと、ゆっくり流れる川辺で、こっくりこっくり居眠りしながら釣り糸を垂れている太公望を思い浮かべるかも知れません。しかしながら、現代の釣りはそのような悠長なものではありません。釣れる可能性の高い時間帯にすべての準備を整え、集中して釣るのです。その意味では、一瞬にして勝負が決まってしまう剣術や柔術に近いものがあるかも知れません。

まあ、そんなに恰好の良いものではないとしても、その日の第一投はかなり重要です。満を持して全員で仕掛けを投じました。

あれっ。一人だけ仕掛けが落下しない人がいます。おかしいなぁ。なんで仕掛けが落ちていかないんだろう。リールのスイッチが入らないのです。電源はつながっています。その証拠にリールのメーター表示は0mを示しています。しかし、何度押してもメインスイッチが入らないのです。

全身から油汗がふき出してくるのを感じます。実際、いやな予感はありました。今回、私は三ヶ月前に釣りに行って以来、忙しさにかまけて一度も道具の確認をせずにいきなり本番に望んでしまったのです。このことが釣りを始める前に気になってはいました。普段なら必ず、釣行前にリールをバッテリーにつないで動作を確認するのですが、今回はそれを怠っていました。

後悔の念がこみ上げてきますが、どうにもなりません。二十回程スイッチを押し続けましたがウンともスンともいいません。半ベソ状態で隣にいる釣り仲間のホリさんに、「リールのスイッチが入らないよぉ~」と助けを求めました。ホリさんも心配してくれて、「そおか。それじゃ手動に切り替えたら」とアドバイスをくれました。「そおだ。その手があった。」さっそく、手動に切り替えようとしましたが、手動に切り替えるレバーが見当りません。私のリールは、「SEABORG Z500FT ULTRA FREE」という最上級モデルでありますからして、もともと手動などという概念はないのでした。

予備のリールも持っていましたが、取り出してみると整備不良でとてもすぐに使える状態にありません。仕方なく船長に、「リール貸してもらえませんか」とお願いしてみました。やさしい船長は、「手動のリールならあるよ」といってくれましたが、今日の棚は30m~70mと比較的深い所を狙うので手動ではとても体力が持ちそうにありません。

情けないやら、悔しいやらで、「今日はもう釣りやめちゃおうか」という最悪の選択肢が脳裏をかすめました。気を取り直して、つないでいたコードを一度はずし、もう一度つなぎ直しました。それでもスイッチは入りません。しかし、いつもよりバッテリーのパワーが弱いように感じました。原因は、リールのスイッチの不具合だとばかり思っていましたが、もしかしたらバッテリーの充電が不充分なのかも知れません。天に祈るような気持で、船長にバッテリーを借り、もう一度つなぎ直してみました。その直後、今までウンともスンともいわなかったリールが突然息を吹き返したように反応してくれたのです。リールは見事に生き返ってくれたのです。

ああ、よかった。これで釣りができる。十数分の遅れをとった私は、その後まさに一所懸命に釣りに没頭したのでした。そのおかげで、50cmクラスのイナダ4本、マダイ2枚、大サバ2本とすばらしい釣果を上げることができたのでした。めでたし、めでたし。

って、これじゃ小学生の作文ですね。私の言いたいのはそんなことじゃないんです。道具です。道具。今回のことで、はっきり分かりました。私は道具に頼り切っているのです。しかも、ハイテク機器に。

みなさんも経験ありませんか?パソコンが動かなくなったこと。その時、ものすごくイライラしますよね。携帯電話を洗濯機で洗って壊してしまったことはありませんか?今まで蓄積した電話番号が全部パーになって、青ざめたこと。車が踏切でいきなりエンストを起こしたことはありませんか?何度キーを回してもエンジンがかからない恐怖を。

(つづき)

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2009年11月17日

きっぱり断る

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
だいぶ寒くなってきました。インフルエンザは大丈夫でしょうか。
先日、医療関係の方とお話ししていたら、「新型インフルエンザかどうかは、熱が出てから12時間経過しなければ判らない」のだそうです。ですから、熱が出てすぐに病院に行っても、「結局、また来て下さい」となってしまうとのことでした。だとすると、熱が出てから12時間我慢してから行けばよいのですが、小さな子供ですと心配ですよね。何とかならないものでしょうか。

さて、先月中旬から今月初旬にかけて、私は大変忙しい状況にありました。
忙しいといっても、仕事ではなくプライベート、要するに遊びで忙しかったのです(ごめんなさい)。
10月10日、高校の同窓ゴルフ大会の幹事の打合せと称する飲み会、
10月11日、ゴルフ大会の景品集め、
10月13日、同景品集め、
10月19日、高校の後援会に関する研修(東京)、
10月21日、同窓ゴルフ大会、
10月23日、関与先のゴルフ大会、高校PTAの役員会兼懇親会、
10月24日、親戚の子の結婚お披露目、中学校時代のクラス会、
10月27日、高校後援会の委員会兼懇親会、
10月28日、中学時代の友人の追悼ゴルフその後偲ぶ会、
11月3日、地元神社の秋祭り。

お前は、いつ仕事してたんだとお叱りを受けそうなスケジュールでした。
しかも、この間に「ぎっくり腰」を1回患っていますので、10月23日のゴルフから11月3日の秋祭りまでは、全くの役立たずで、我ながら何をやっているのだろうと一人夜空を見上げて涙してしまいました(ウソです)。

ハードスケジュールをこなして冷静になって考えますに、私は何でもかんでも役職を安易に引き受けすぎているのではないかという疑念が持ち上がりました。頼まれると断れないというのは昔からの性分です。最近はそれでも、自分ではだいぶ控えているような心持ちでおりましたが、先日ある人から指摘されて「ハッ」としました。

それは、秋祭りが終わって一息ついていた時です。
友人から11月21日に高校同窓ゴルフ大会の反省ゴルフ会と反省会を幹事をやってくれた人を集めてとり行なうとの内容です。何かの大会をやったあと幹事で反省会をやるというのはよく聞く話ですが、ゴルフ大会のあと反省ゴルフ会をやるというのは、随分丁寧だなあとは私も思いました。そう思って逡巡している時に、すかさずある人から「その日は私が出掛けるからダメ」と指摘を受けたのです。

そして、その後数十分に渡って厳しい指摘を受けました。私の一番悪いところは、その場できちんと断らないであいまいな態度をとるということでした。その件について叱られている最中、別件で二点ほどの指摘を受けました。

一つは、今回やった中学校時代のクラス会は、本当は私が幹事だったはずであり、私がちっとも開催しないからしびれを切らして他の人がやってくれたのであり、私はその人たちに感謝しなければならないのであり、また、前回のときにあいまいな態度できっぱり断らないからそうなったのであり、ひとえに私の責任であるというご指摘。

もう一つは、秋祭りの最中に柏久保区の総務をやっているUさんがやって来て、「来年は横丁組(私が所属している組です)から総務を出してもらいたいんだけど・・・」と私とSさんに向かって話をした件について、あなたそんなことできると思ってんの?総務っていったら1年に100回は出なきゃならないのよ。できるわけないじゃん。だいたいあんたはいつでも、煮えきらない態度できっぱり断らないからそうなったのであり、ひとえに私の責任であるというご指摘。

いや、おっしゃるとおり。おっしゃるとおりでございます。
しかし、総務の話は、私に言ってきたのではなく、「横丁組から出してもらいたい」と言っているのであり、しかも、私だけにそのことを言ってきたのではなく、むしろ、Sさんに向かってUさんは話しているように私には感じられたのです。したがって、私がその場で「その話はお受けできません」などと横丁組を代表して答えられるはずもなく、「はぁ、そうですか」とあいまいな態度を取るしかなかったのです。      

(つづく)

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2009年10月15日

ネーミングマップ

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
今、嵐の前の静けさであたりは不気味に静まりかえっています。10年に1度という大型台風が明日の早朝に紀伊半島に上陸しようとしています。長男が和歌山に住んでいますので、少しばかり心配です。和歌山も静岡も何事もないことを祈るばかりです。

さて、みなさんはネーミングで悩んだという経験がありますか。
私の場合、子供の名前をつけるのに大変苦労しました。特に長男は、初めてのことだったので(当り前ですね)、名前辞典みたいのを買ったり、縁起のよい画数のことを調べたり気合が入っていました。しかし、生まれる前だと男の名前と女の名前を両方考えなければならないのと、まだ実感が湧かなかったため泰然自若としていました。

そうこうしているうちに無事生まれたので本腰を入れて考えようとしたのですが、思うようにはかどりません。まあ、14日以内に届ければいいと高を括っていたところ、家内から矢のような催促です。「いいじゃないか、14日以内に届ければいいんだから」と反論すると、「じゃあ、私はこの子のことを何と呼べばいいの?赤ちゃん赤ちゃんじゃ、『赤ちゃん』て名前になっちゃうじゃない」とごもっともな指摘を受け、頭から煙が出そうになりながら人名辞典と格闘したことを思い出します。

これに懲りて二男、三男のときは、ずい分早くから考え始めたのですが、やっぱり決まりません。そのうち家内がしびれを切らしていろいろ案を出してくれましたので、一も二もなくそれに従いました。ですから、二男、三男については、名付けにそれほど苦労していません。とはいえ、こんなところで、二男、三男の出生の秘密をバラしたとあっては彼らがまっとうな道を踏みはずしてしまうかも知れませんので、このことは内密にお願いします。

次に苦しんだのは、他でもないひばり税理士法人の名称を決めたときです。法人化に向けて着々と準備を進めていましたが、名称だけが決まりません。現会長の相原先生が「相原とか森とかの個人名を付した名称じゃないのにしたい」とのことだったので、幹部で集まって何度も打ち合わせをしましたが、なかなか決まりません。

そのうち時間だけがどんどん過ぎて、もう今日決めなければならないというところまで追い込まれてしまいました。その日の夜、幹部で集まって、ああでもない、こうでもないとやっておりました。おびただしい数の候補が上がりましたが、ぴったりとくる名称がうかばず、全員で疲れ果ててしまいました。それでも、どうしても今日決めなければならないということで、意識が朦朧とする中、話し合いは続きました。

もうダメだ、限界だ、というところで、誰かが「ひかり税理士法人というのはどうかな」とつぶやきました。もう誰も考える力が残っていなかったので、「うん、それでいこう」ということで、決まりかけました。その時、別の誰かが「ひかり税理士法人かぁ。それもいいけど、ひばり税理士法人てのはどうかな」とつぶやきました。もう誰も反論する者はいません。本当にそう思っていたかどうかは別にして、「うん、それ絶対いい。これで決まりだ」ということで全員一致で決まりました。

よく「ひばり税理士法人というのはどんな意味があるんですか」と聞かれます。その時には、「日本一の『美空ひばり』にちなんでつけました」とか、「ひばりのようにピーチク、パーチクうるさいくらいに元気がいい事務所を目指してつけました」などと後付けの理由を申し上げています。しかし、真実は一つ。「適当に付けた」のです。

ことほどさように、ネーミングというのは難しいものです。ところが先日、あの「声に出して読みたい日本語」で有名な斉藤孝さんが書いた「売れる!ネーミング発想塾」という本を読んでいたら、すごいことが書いてありました。それは、ネーミングは、一人で、または、複数人でウンウンうなって、頭にねじり鉢巻で考えなくても、もっとスマートに、もっとシステマチックに発想できるというものです。

これには驚きました。ネーミングというものは「限界まで考え抜いた末に突然天から降ってくるもの」とばかり思い込んでいた私にとっては、まさに目から鱗の発想です。

さっそく、ご紹介いたします。

ネーミングを考えるとき第一段階として、「説明系」と「イメージ系」に分けて考えます。説明系は、「十六茶」や「一番搾り」のように、商品の説明やメーカー側の工夫点が名称になっているもの。イメージ系は、「BOSS」や「Qoo」のように、商品のイメージや消費者が受ける感覚から命名されるものです。

(つづく)              

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2009年9月11日

未来会計があなたの会社を元気にする!-ひばり税理士法人は経営計画と実績検討で黒字に貢献します-

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
急に涼しくなって、夏が来ないうちに秋が来てしまいました。
A型インフルエンザ対策は大丈夫でしょうか。我が家ではマスクを買い占め始めました。なかなか買えないのですが、頑張って現在24枚もため込んでいます。どうしても必要な方は申し出て下さい。1~2枚なら清水の舞台からダイブしたつもりで販売します。

さて、今回は何やら難しそうなテーマで恐縮です。しかし、このテーマは今後のひばり税理士法人の進むべき方向を示した、とても大事なテーマなのです。もしかしたら、皆様のお役に立てるかもしれないので、ちょっとの間おつきあい頂ければ幸いです。

このテーマを、私は10日間程考え続けていました(もちろん寝食は忘れたことはありませんし、飲酒も忘れずにしておりました・・・)。それというのもアル・ライズさんが書いた「フォーカス!利益を出しつづける会社にする究極の方法」という本に出会って、「もしかしたらひばりの進むべき方向は間違っているのかもしれない!」と思い始めたからなのです。


アル・ライズさんの指摘は次のようなものです。

「世の多くの企業を突き動かす原動力は、ひとことで言えば『成長』だ。経営者は、年間売上高と利益双方で、充分な増収・増益を出さねばならない。たとえ市場全体が冷え込んでいてもである。だから企業は、商品やサービスを多角化し、他の市場にも手を広げる。企業を買収したり、ジョイントベンチャーを打ち上げたりもする。『ライン拡大』『多角化』『シナジー(相乗効果)』などと呼ばれているものは、どれも拡大のプロセスであり、成長を目指すゆえの本能的衝動だ。しかし、これが企業のフォーカスを失わせている。・・・中略・・・いくら優れた戦略で素晴らしい成果を手にしても、『成長のための成長』を目指しはじめると、企業は重大な戦略ミスを犯すようになる。これまで、実に多くの企業が自社のフォーカスを失ってきたのも、成長のための成長を目指したのが最大の理由なのだ。」

皆さんはいかがでしょうか。
「ひばり」はまさに「成長のための成長」を目指し、「ライン拡大」「多角化」「シナジー(相乗効果)」を狙って一歩踏み出そうとしていたのです。このままでは「フォーカス」を失ってしまいます。では、どうしたらよいのでしょう。アル・ライズさんは次のように述べています。

「病院でさえ、専門化が進んでいる。10年前、地域の総合病院だったニューヨーク州のサン・フランシス病院は、「心臓病専門病院」に路線変更し、素晴らしい成果を上げている。『ベッドは常に空きがない状態です。昨年の充床率は114%でした』と、病院長のパトリック・スコラードは語る。・・・中略・・・法曹界でも、ゆっくりと専門化が進行しつつある。かつてはどこも総合法律事務所、つまり、どんな案件でも引き受けていた。だが今では、小さな田舎町以外は専門化している。事故、破産、ビジネス雇用、婚姻、社会保障、税金・・・、どの法律事務所も何らかの分野を専門としている」。

確かに、「国立がんセンター」しかり、「品川近視クリニック」(レーシック専門)しかり、専門化が進んでいるように思えます。法律事務所はまだまだのような気がしますが、大都市では専門化が進んでいるのでしょう。会計事務所の状況も、法律事務所と似たり寄ったりだと思います。もちろん、昔から専門化している事務所はあります。資産税(相続税)専門、医業会計専門、事業承継専門などなど。しかし、殆んどの会計事務所では、まだまだ総合会計事務所を目指すところが多く、業界紙などに目を通しても「専門化」が話題にのぼることは少ないように感じます。しかし、会計事務所にしても「専門化」は確実に進行してゆくように思います。

またまた、同書から引用してみます。

「そもそも、『集合』は自然の法則に反している。エントロピーの法則では、閉じられた系の中では無秩序の度合は常に増していく。これに対して『集合』は、物事を秩序立てようとする。進化の法則では、ひとつの種が分裂して新たな種が誕生する。だが、『集合』の考え方に従えば、種はつねに統合しつづけ、やがて『イヌネコ』のようなおかしな生物が誕生することになる。もちろん、現実には、そんな統合型生物は誕生しない。逆に新しい犬種は、今なお増えている。」

(つづく)      

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2009年8月18日

感動体質

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
やっと夏らしくなってきました。夏が暑いということは日本経済のためにはとっても良いことなのですが、個人的にはこのじめじめした暑さは何とかならないものかと思ってしまいます。

さて、最近みなさんは何かに「感動」しましたでしょうか。
こんなことを尋ねると、突然何を言うのだとお叱りを受けそうです。
私はどうかと言いますと、もちろん、してません。
いや、正確に言うと、何かに「感動」はしているのでしょうが、思い出せないのです。
年のせいでしょうか。

インターネットで「感動」について調べていたら、次のような調査結果が出ていました(注1)。それは、「1ヶ月に1回以上感動したことがある」という質問に対し、10代では50%、20代で48%となっているのに対し、50代で30%、60代で33%と年齢を追うに従って「感動」する頻度が下がってゆくというものです。この調査報告では、その理由を「経験が豊富になるにつれて、物事に対する期待レベルが高まり、それが満たされにくくなるということが考えられる(例えば、おいしいものを食べ慣れていると少々のものではそのおいしさに感動しなくなる等)」としています。

この考え方は、うなずける面があります。
私事になりますが、私共の三男は、現在高校一年生で寮生活を送っています。最近夏休みで家に帰ってきていますが、何を食べても、「うまい、うまい」といって食べてくれます。この光景は回りで見ていてもとても気持ちのいいものです。聞けば、寮の食事は半端でなく、「まずい」とのことです(寮の給食を作っている方々の名誉のために申し添えますと、1日200円で必要な栄養を摂取させなければならないため、「味」の方は致し方ないというのが実情だと思います)。寮に入る前はほとんど無言で食事をしていた子供が、寮の食事に慣れることによって、食事に対する期待レベルが下がり、何を食べても「おいしい」と感じるようになった訳です。

このように考えると、「感動」とは、自分が持っている「期待レベル」と体験したことのギャップであると言うことができます。もちろん、自分が持っている「期待レベル」よりも、その体験が下であれば、これは「感動」ではなく、「怒り」になってしまいます。年を取ると「怒り」っぽくなるというのは、年齢を重ねることによってさまざまなことに対する「期待レベル」が上がってしまっているからなのかも知れません。

期待レベルと体験とのギャップが感動を生む原因だとすると、感動しやすい体質(変な表現ですが・・・)を作るための方策が見えてきます。一つは、期待レベルを下げるということ。期待レベルを意識的に下げることが出来ればちょっとしたことにも感動しやすくなります。今は、死語になっているのかも知れませんが、昔は女子高生を指して「箸がころげてもおかしい年頃」などと称しました。まさに、何にでも感動できる年頃ということです。

では、どうしたら「期待レベル」を下げることができるのでしょうか。

一つには、先程紹介した私共の三男のような境遇に身を置くという方法があります。つまり、普段はなるべく文化的な生活とはかけ離れた生活を送るということです。無人島の一人暮らしのような生活を送ることができれば、たまに参加するパーティなどは感動の連続でしょう。

もう一つは、「当り前」、「当然」という言葉を使わないということです。自分の感覚、体験、常識に照らして「こうしてくれるのは当り前」、「こうなるのは当然のこと」という感覚から脱してゆくという方法です。コップに半分水が入っているのを見て、ある人は「なんだ半分しか入っていないのか」と嘆き、ある人は「ああうれしい、半分も水が入っている」と感謝する。要は自分の物の見方を固定しないというやり方です。

(つづく)                           

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2009年7月30日

世界遺産検定

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
最近の梅雨は雨の降り方が異常ですね。カラッと晴れているかと思えば、突然大粒の雨が降り出したりして。遠い昔に新婚旅行で行ったチェラチン・ビーチ(マレーシアです)のスコールを彷彿とさせます。あっちのスコールは、すごいですよ。雨粒が大きくて当たると痛たいんです。

さて、突然ですが、今回は世界遺産検定について書かせて頂きます。
先月28日に行われた世界遺産検定を受検するために横浜まで行って来ました。私が受験したのは3級と2級です。ちなみに世界遺産検定の各級は次のようなレベルになっています。

4級:小学校高学年・中学校レベル(2010年より実施予定)
3級:高校レベル(60問60分 マークシート方式 100点満点中60点以上で合格)
2級:大学入試レベル(同上、3級との併願が可能)
1級:大学講義レベル(90問90分 マークシート方式 200点満点中160点以上で合格)
マイスター:大学院入試レベル(秘密のベールに包まれている)

結果はどうだったのでしょうか。

3級は85点で合格(すばらしい)。
2級は53点で不合格(うぇ~ん)。

正式な結果は1ヶ月後に郵送で送られてくるのですが、試験終了後解答をくれるので、自分の問題用紙に書いた解答と照らし合わせると結果はすぐにわかります。しかし、こんなにすぐに結果がわかってしまうと少し寂しい気もします。税理士試験のように結果が出るまでに4ヶ月半も待たされるのは異常だとしても、即日わかってしまうのも風情がないなぁと思います。

何故こんなことをグチグチ書くのかといいますと、クヤシイのです。2級も受かると思っていたのです。過去問を解いた時には67点でしたから、まあ本番も受かるだろうくらいに軽く考えていました。ところがどっこい本試験では全く歯が立たないという感じです。53点というとあともうちょいみたいな感じがしますが、私はこういった試験においては勘がいい方なのです。実際、はっきりと正解だとわかったのは三分の一くらいです。あとは勘で正解しました。それで53点ですから、結構いい勘してるでしょ。

まあ、試験のことはこのくらいにして(ああ、クヤシイ)、私は何故世界遺産検定を受ける気になったのでしょうか。

一つには、「レバレッジ」シリーズを書いているビジネス書作家の本田直之さんが、著書の中で世界遺産検定のことを書いており、オシャレだなぁと思ったこと。二つめは、来春大学受験を控えているまん中の息子が観光系の学校に行きたいとの意向だったので、一緒に勉強できたらオシャレだなぁと思ったこと(これについては見事にフラれてしまい、一人寂しく受験するハメになってしまいました)。三つめは、歴史的な建造物が好きで、以前連れていってもらったブダペスト(ハンガリー)の街並みの荘厳さや、ホローケー(ハンガリー)の伝統的家屋の可愛らしさに驚かされたことから、今度どこかに行ったついでに好きな建物を見てこれたらオシャレだなぁと思ったためです。

試験のための勉強は、苦しい部分もありますが、結構楽しくもあります。テキストに写真がふんだんに載っていて見ているだけでも楽しいものです。逆に、写真がなくて文章の解説だけの項目は記憶に残りにくく苦痛です。それから、地理についても少しだけ詳しくなれます。アフガニスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンがどの位置にあるのかを知ったのは勉強の成果です。逆にバルカン半島にある国々やアフリカの国々の位置関係はいまだによくわかっていません。

さらに、各地域の歴史についても勉強になります。アウストラロピテクスから始まって、アルタミラ洞窟、クフ王のピラミッド、パルテノン神殿、レコンキスタ、ハンザ都市リューベック、ヴェルサイユ宮殿、タージマハル、アンコール・ワット、秦の始皇帝、チンギス・ハンなどなつかしい名称が目白押しです。逆に、コンマゲネ王国のアンティオコス1世、ガリアの総督アグリッパ、ビザンツ皇帝ユスティニアヌス1世、ナスル朝ムハマンド1世などといわれてもチンプン朝カンプン1世です。

自然遺産については、写真が特に有効です。その地域独特の景観や、そこに住む動植物の写真があれば楽しみながら勉強できます。逆に、写真なしで「ウァスカラン国立公園:熱帯に位置するなかで最も高い山岳地域、氷河と高山の美しい風景」などと解説されても全くどうしようもありません。さらに、こういうのが試験に出題されたりすると自暴自棄になってしまいます。

(つづく)

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2009年6月 8日

筋トレダイエット

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
ここのところちっとも暑くないので、せっかく6月1日から実施している「クール・ビズ」の出番がなくて困ります。このまま梅雨に突入してしまうのでしょうか。

さて、「痛風ダイエット」を成功させたK氏は今どうなっているのでしょうか。
「痛風ダイエット」というのは、昨年の1月21日に83.2kgだった体重をわずか2ヶ月半後の4月3日に73.9kg(9.3kg減)まで落とした驚異のダイエット法のことです。
K氏の悪戦苦闘の歴史は弊社ホームページ「ひばりの森ブログ」平成20年5月、6月をご覧下さい。
痛風ダイエット:http://www.hibari.biz/mblog/2008/04/post-10.html
痛風ダイエットその2:http://www.hibari.biz/mblog/2008/05/post-11.html

ところで、ダイエットというのは、体重を落とすことよりも、落とした体重を維持することの方が難しいといわれています。

K氏は、その後どうなったのでしょうか。
もちろん、リバウンドしています、期待どおりですね。

その年の5月1日に73.7kgまでいった体重は、今年6月5日現在77.3kgと3.6kgもリバウンドしてしまいました。

最近のK氏は、痛風の驚異から解放され(薬を飲んでいるためです)、休みの日にも運動せず(釣りに行かなくなったためです)、家ではビールとチューハイと焼酎を日課とし、宴会では料理を全部たいらげたあげくにビールのガブ飲み、カロリーのことなどほとんど気にしない毎日を送っていたためです。

これでは太るのもむべなるかなというところです。それでもK氏は太ってゆくことに無頓着でした。これは太る者の常なのですが、1年程前から体重計に乗ることをやめてしまっていたのです。

しかし、最近ちょっと困ったことが起きました。
ズボンがきついのです。特に車に乗ったときに締めつけられて苦しいのです。

「痛風ダイエット」がうまくいっていた時に、スーツを新調し、ズボンのウエストを85cmにしました。それ以来、ズボンを買う時は「少しきついなぁ」と思っても無理して85cmにしていたのです。このままでは、またスーツを新調せねばならず、出費と屈辱の二重苦です。

また、K氏は痛風の薬をもらうために毎月1回クリニックに通っています。最近では、このクリニックの先生(美人です)にいつも叱られっぱなしです。体重は増えるわ、血圧は下がらないわ、尿酸値は下がらないわで、いいことが一つもありません。要するに、K氏は薬を飲むこと以外、先生の指示を全く守っていないのです。これでは、私が先生だったとしても同じようにするでしょう。K氏もそろそろ本気で先生のいいつけを守らないと、通院を拒否されてしまうのではという一抹の不安を募らせるようになっていたのです。

さらに決定的だったのは、K氏の奥さんの言葉です。
「最近のあんたの体は、見るに堪えない」なんて言うんですよ。K氏は、「自分の体を見てからものを言え」といいたいところをグッとこらえ、「せめて、見るに忍びない」くらいの表現にしてよと心の中で叫んでいたのです。

「なんとかせねば」とずっと思っていましたが、「痛風ダイエット」の時にやった「レコーディングダイエット」(岡田斗司夫「いつまでもデブと思うなよ」参照)には戻りたくありませんでした。

なぜかですって、結構面倒くさいんですよ、「レコーディングダイエット」は。「レコーディングダイエット」というのは、その日食べたり飲んだりした物をすべて記録してその横にカロリーを書きます。そして、1日の摂取カロリーの合計を1,500kcal(K氏の場合)にするというものです。

食べたものをすべて記録するのは何とかなるのですが、その食べ物のカロリーを横に書くというのが結構大変なんですね。毎日、朝・昼・晩と規則正しくコンビニで買って食べれば記録できるのですが、宴会などで得体の知れないものを食べたときなどは調べきれるものではありません。また、宴会でビールを何杯飲んだかなどということを思い出すのは不可能です。なんたって、宴会の途中から記憶そのものがないのですから。

それと、ストレスを解消するのに「食べる」という行為はとっても有効なんです。K氏のようにストレスの多い毎日を送る者にとっては、「食べる」という行為を制限するのは、かなりつらいことです。あんまり厳しく制限すると、逆に「ああっ、死んでもいいから思いっきり食べたい!」となって逆効果の上に、敗北感が残ります。こうなってしまうと脂肪は貯まるは、ストレスは溜まるはで、なんにもしない方がいい、という結論に至ってしまいます。

(つづく)

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2009年5月15日

ヒロちゃんの友達

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

ゴールデンウィークは、高速道路がどこまでいっても1,000円ということで、伊豆には人が少ないように感じました。みなさんは、もう1,000円のメリットを享受しましたでしょうか。

さて、久しぶりに釣りに行ってきました。
昨年は子供の受験があって一度も釣行できませんでした。別に釣りに行ったからといって子供の受験に影響が出るわけではないのですが、それはそれ家庭の力学というものがありまして、一年間耐え忍んでいたのです。

今回は、沼津内浦の田内丸でタイ釣りに挑戦です。
いつもは、税理士会の釣り仲間か事務所の釣り仲間と一緒に行くのですが、今回は一人での釣行です。「ゴールデンウィークの中日だからみんな忙しいんだよなぁ。暇なのは俺だけか」などとつぶやきながら、内浦港に到着しました。実は、一人での釣行というのは小心者の私にとっては大いに不安なのです。

十二時半集合、午後一時出船なのですが、余裕をみて十二時ちょっと過ぎに到着しました。集合時間より随分早いのに私以外はすでに船に乗り込んでいました。釣船の場合、どの位置に陣取るかがかなり重要です。一般的に舳(みよし、ふねの先端部分)と艫(とも、船尾部分)が良いとされ、胴(どう、船の中間部分)はあまり釣れないとされています。

「ああ、今日も胴か」と思って、がっかりしたのですが、どういう風の吹き回しか、右舷大艫に陣取ることができました。タイ釣りの場合、この釣り座は常連さんが必ず陣取る一番良い釣り座なのです。今日のタイ釣への期待が一気に膨らみました。

一時半ちょうど、船長の「いいよ~。始めて」の合図で各人一斉に釣り始めます。一投目は大事です。ここで一枚獲ることができれば、その日は、気持ちに余裕を持って釣りができます。慎重に仕掛けをおろし、緊張しながら当りを待っていると・・・。

「あっ、掛かった」。
私の竿ではありません。右舷舳の竿です。大きく弧を描いています。

ちょっと間をおいて、「あっ、掛かった」。
私の竿ではありません。右舷胴の竿です。
大きく弧を描いた竿を操りながら満面の笑みをたたえています。

「次は俺か」。
緊張で頭の血管が切れそうになりましたが、私の竿だけ何の反応もありません。その後、左航でも何人か釣り上げたようです。釣りで一番嫌なのは、こういう状況です。釣り上げた人は余裕で煙草なんかふかしてる。こっちは何で俺の仕掛けにはこないんだと一人悶々としてしまいます。

最初の喧騒が一段落した頃、胴にいたおじさん(70才くらい)が操舵室まで来て船長の後ろから魚群探知機をのぞき込んで、船長と親しげに何やら話し込んでいる。しばらくすると、私の所に来て、「すごい反応があるよ。25mくらいの所だから、仕掛けが12m、でも潮が流れて仕掛けが斜めになるから・・・」と一所懸命に私に教えてくれようとする。

「うるさい」。
思わず口をついて出そうになるのをぐっと飲み込んで、「ああ、そうですね」。素気ない返事を返す。私があまり乗り気ではないのが解かったのか、おじさんは自分の釣り座に戻って、また釣りを始めた。

「あっ、掛かった」。
私のではない。そのおじさんの竿だ。今度のはちょっとでかい。さっきよりも、竿のしなりが激しい。ほとんど円のような状態になっている。「そんなに引いたら仕掛けが切れちゃうよ」と思いつつ、実際にそうなることを心の片隅で思っている自分がみじめだ。

おじさんは、無事釣り上げた。今度のは大きい。5kgくらいだ。5kgのタイというのは普段めったにお目にかかれない代物で、恐ろしいほどの威圧感がある。おじさんは、事もなげに血抜きをして、今度は船長に話しかける。
「ヒロちゃん。反応出てる?」
「ヒロちゃん。潮流れてる?」
「ヒロちゃん。タナは12mでいいの?」。

「あ~っ、うるさい、うるさい、まじめに釣れ!」。

「あっ、きた」。
私の竿だ。血が頭にのぼって、心臓がバクバクいっている。
「きた、きた、きたぁ~」。
思わず叫んでしまった。こいつは獲らねば。慎重に引き上げて、船長がタモ入れをしてくれた。1kgくらいのその日にしては小ぶりのタイだ。こんな小ぶりのタイで大はしゃぎしてしまった自分が恥かしい。でも、うれしい。気持ちに余裕がでてきて、自参したコンビニおにぎりやチーカマを頬張る。釣りで一番楽しいひとときだ。

(つづく)

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