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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

私は、昨年末(12月30日)からの入院生活にやっとピリオドを打つことができ、5月1日に退院することができました(イェーイ。パン、パン、パン、パーン←お祝いのクラッカーの音です)。

入院中は、お忙しい中お見舞いに来て頂き、また、たくさんの方からお見舞を頂きました。とても勇気づけられました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

さて、標題の件です。昔はこういういい方をしましたね。文法的には「テレビが来る」というのは誤まっています。そりゃそうですよね。テレビがのこのこ歩いてやって来るわけないんですから。しかし、当時小学校四年生だった私からすれば、「テレビが来る!」というのはピッタリな表現でした。いつものように、めいっぱい道草をして、夕食直前の叱られるか、叱られないか、ギリギリの時間帯に帰ってきたら、そいつは、すでに居間に来ていました。格子のタンスのような家具の中に鎮座まします立派なカラーテレビでした。すぐにさわろうとすると、母親から「手を洗ってからにしなさい」と言われたような気がします。

このカラーテレビが来て一番うれしかったのは、チャンネルの変換がリモコンでできるということです。家のテレビがまだ白黒だった頃、チャンネルは手で回していました(きっと今の若い人には想像できないでしょうね)。そして、そのチャンネルの接触がすぐに調子悪くなって、画像が「ザー」という音とともに見られなくなってしまうのです。

そうなってからが職人芸の見せどころです。チャンネルを前の局と次の局とのちょうどまん中あたりでとめるのです。こうすると微妙なバランスで画面がよく映るポイントがあるのです。そのポイントを探り当てるのは私と弟の仕事でした。テレビがリモコンになってからは、この職人芸は不要になってしまいました。少し寂しい気もしますが、その方がいいですよね。だって、せっかく見たい番組があっても、テレビの調子の関係で見られないんじゃ、寂しすぎますもんね。

昔話が長くなってしまいました。今回テレビが来るというのは、もちろん2011年7月に従来のアナログ放送が見られなくなることについて、森家で相当すったもんだしたあげくのことです。私としては、まだ家にあるテレビが見られるのだからギリギリまで待っていれば、品質もよくて、価額も安いモデルが出てくるからもっと待つべきだとの意見でした。

ウチの大蔵省もその意見には賛成で、情報収集に努めていました。そうこうしているうちに、今使っているテレビの電源が突然入らなくなってしまったのです。15年間もの酷使に耐えて天寿を全うしたのです。もうこうなったら、一日も待ってはいられません。なにしろ一日中テレビが見られないのですから。

(つづく)