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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
急に涼しくなって、夏が来ないうちに秋が来てしまいました。
A型インフルエンザ対策は大丈夫でしょうか。我が家ではマスクを買い占め始めました。なかなか買えないのですが、頑張って現在24枚もため込んでいます。どうしても必要な方は申し出て下さい。1~2枚なら清水の舞台からダイブしたつもりで販売します。

さて、今回は何やら難しそうなテーマで恐縮です。しかし、このテーマは今後のひばり税理士法人の進むべき方向を示した、とても大事なテーマなのです。もしかしたら、皆様のお役に立てるかもしれないので、ちょっとの間おつきあい頂ければ幸いです。

このテーマを、私は10日間程考え続けていました(もちろん寝食は忘れたことはありませんし、飲酒も忘れずにしておりました・・・)。それというのもアル・ライズさんが書いた「フォーカス!利益を出しつづける会社にする究極の方法」という本に出会って、「もしかしたらひばりの進むべき方向は間違っているのかもしれない!」と思い始めたからなのです。


アル・ライズさんの指摘は次のようなものです。

「世の多くの企業を突き動かす原動力は、ひとことで言えば『成長』だ。経営者は、年間売上高と利益双方で、充分な増収・増益を出さねばならない。たとえ市場全体が冷え込んでいてもである。だから企業は、商品やサービスを多角化し、他の市場にも手を広げる。企業を買収したり、ジョイントベンチャーを打ち上げたりもする。『ライン拡大』『多角化』『シナジー(相乗効果)』などと呼ばれているものは、どれも拡大のプロセスであり、成長を目指すゆえの本能的衝動だ。しかし、これが企業のフォーカスを失わせている。・・・中略・・・いくら優れた戦略で素晴らしい成果を手にしても、『成長のための成長』を目指しはじめると、企業は重大な戦略ミスを犯すようになる。これまで、実に多くの企業が自社のフォーカスを失ってきたのも、成長のための成長を目指したのが最大の理由なのだ。」

皆さんはいかがでしょうか。
「ひばり」はまさに「成長のための成長」を目指し、「ライン拡大」「多角化」「シナジー(相乗効果)」を狙って一歩踏み出そうとしていたのです。このままでは「フォーカス」を失ってしまいます。では、どうしたらよいのでしょう。アル・ライズさんは次のように述べています。

「病院でさえ、専門化が進んでいる。10年前、地域の総合病院だったニューヨーク州のサン・フランシス病院は、「心臓病専門病院」に路線変更し、素晴らしい成果を上げている。『ベッドは常に空きがない状態です。昨年の充床率は114%でした』と、病院長のパトリック・スコラードは語る。・・・中略・・・法曹界でも、ゆっくりと専門化が進行しつつある。かつてはどこも総合法律事務所、つまり、どんな案件でも引き受けていた。だが今では、小さな田舎町以外は専門化している。事故、破産、ビジネス雇用、婚姻、社会保障、税金・・・、どの法律事務所も何らかの分野を専門としている」。

確かに、「国立がんセンター」しかり、「品川近視クリニック」(レーシック専門)しかり、専門化が進んでいるように思えます。法律事務所はまだまだのような気がしますが、大都市では専門化が進んでいるのでしょう。会計事務所の状況も、法律事務所と似たり寄ったりだと思います。もちろん、昔から専門化している事務所はあります。資産税(相続税)専門、医業会計専門、事業承継専門などなど。しかし、殆んどの会計事務所では、まだまだ総合会計事務所を目指すところが多く、業界紙などに目を通しても「専門化」が話題にのぼることは少ないように感じます。しかし、会計事務所にしても「専門化」は確実に進行してゆくように思います。

またまた、同書から引用してみます。

「そもそも、『集合』は自然の法則に反している。エントロピーの法則では、閉じられた系の中では無秩序の度合は常に増していく。これに対して『集合』は、物事を秩序立てようとする。進化の法則では、ひとつの種が分裂して新たな種が誕生する。だが、『集合』の考え方に従えば、種はつねに統合しつづけ、やがて『イヌネコ』のようなおかしな生物が誕生することになる。もちろん、現実には、そんな統合型生物は誕生しない。逆に新しい犬種は、今なお増えている。」

(つづく)      

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
以前、私の書いている「KFSのネタ」というメールマガジンで、フランスの詩人アンドレ・ブルトンさんのことを紹介しました。以下は、ブルトンさんがニューヨークで物乞いをして暮らす盲人のために書いた言葉です。


「春はまもなくやってきます。でも、私はそれを見ることができません。」※


ものすごく切ない言葉ですが、経済に関していえば日本じゅうが、いや、世界じゅうの人々がこんな気持でいるのではないでしょうか。

でも大丈夫ですよ。春は必ずやってきます。だって、今まで一度たりとも春が来なかったことなんかないじゃないですか。いや、もっと言えば人間の幸せは経済的な豊かさでは測れないのですから、憂いてばかりいても仕方がありません。

このあいだ参加したセミナーで、講師の竹内謙礼さんがこんなことを言っていました。

「今は、『勝ち組』か『負け組』かという分類は意味がない。
必要なのは『やる組』か『やらない組』かという分類だ。
経営のABCというのを知ってますか。
『あたりまえのこと』を、『バカにせず』、『ちゃんとやれ!』」

とのことでした。
確かに、一番悪いのは、「うじうじと悩んだあげく何もしない」ことですよね。自分にできることを淡々とやってゆきましょう。

先日、お客様の運送会社でこんなことがありました(仮にA社とします。数値等は実際とは変えてあります)。

運送会社もこの不況の例にもれず、昨年の11月頃から売上が減少しています。A社の11月、12月の売上は前年のおよそ15パーセント減です。また、今後の売上予測をしますと、さらに20パーセント程度減少するのではないかとのことでした。例えば、売上が2億円だとすると、15パーセント減で1億7,000万円、さらに20パーセント減で1億3,600万円です。

これだけでも苦しいのに、さらに大口の取引先から7路線のうち利益の出る3路線を自社配送に切り替えるとの通達を受けてしまいました。この3路線で売上が月250万円程ですから、年間3,000万円の減収となります。結局、A社の売上は1億円程度まで落ち込んでしまうことが予想されます。

これらの対策を練るために緊急の幹部会議が開かれました。
幹部の方々はひとしきり現在の窮状や不満を口々に話していましたが、これといった解決策もなく途方に暮れていました。ずっと黙って聞いていた社長が、開口一番次のようにおっしゃいました。

「今は、本当に苦しい。先も見えない。規模の縮小もやむを得ないかも知れない。でも、なるべく従業員をやめさせない方向で対策を考えてくれ。今、苦しいからといって従業員をやめさせたら、従業員はどこにも行き場がない。それこそ食べて行けなくなってしまう。今まで一生懸命に働いてくれた人たちをそんなふうに扱いたくないんだ。」

これを聞いていた幹部の方々の顔がみるみる紅潮してゆくのが見てとれました。「こんな状況だから、人員整理はやむを得ない。もしかしたら自分も人員整理の対象になるのではないか」と戦々恐々としていたのだろうと思います。

社長の発言の後は、前向きな発言がとび交いました。いつもは、新しいことをやろうとすると二の足を踏む幹部からも、「そうだ、今はできないなんて言ってる場合じゃない。とにかくやってみよう」という発言も聞かれ、対策もどんどん具体的になってきました。

前向きな対策といっても、こんな時期ですからできることは限られています。幹部会議で出された対策は以下のようなものでした。   

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
私は、痛い思い(痛風のことです)をして、やっと減らした体重が最近徐々に戻っています。
これから忘新年会のシーズンを迎え、ひそかに恐怖にかられております。
みなさんも、年末年始は飲みすぎ、食べすぎにくれぐれもお気をつけ下さいませ。

さて、今回はタイトルにありますとおり、「言葉の力」について書いてみたいと思います。
なんか、とてもたいそうなテーマですが、それほどのことではありません。

チラシ広告を作るときに「見出し」を書きますよね。
チラシ広告では、「見出し」が一番大切です。
そこで、今回は、みなさんと一緒に「見出し」について考えながら、
「言葉の力」に迫ってみたいと思います。

まず、次のA・Bのうち「成功した見出しはどっち?」でしょう。
これは、「ザ・コピーライティング」(ジョン・ケープルズ著)の中に出ていた問題ですが、
すべて実際に出した広告でその効果は実証済です。それでは、さっそく。

1.ビジネス通信講座の広告 
A「年収5万ドル稼ぎたいとお考えの、年収2万5,000ドルの方へ」
B「このコースで金銭的に報われる証拠がこれです」

2.育毛剤の広告
A「60日前までは私が『ハゲ』と呼ばれていました」
B「30日以内に髪が生えてこなければ、この小切手を差し上げます」

3.生命保険の広告
A「これは奥様にしてはいけない質問です」
B「お金の心配を一生しなくて済みます」

いかがでしょうか。正解は文末に示してあります。
このような「見出し」のちょっとした違いで、反応が時には数倍も違うのです。
特に、通販などでは、「見出し」の違いで売上が数倍違うことになります。

では、効果的な見出しには、どのような特徴があるのでしょうか。
前掲書によれば、そのポイントはたった3つです(以下同書より引用します)。

1.得になること
一番効果的な見出しは、読み手の得になることをアピールする。
つまり、相手のベネフィット(ためになること)に基づく見出しだ。

たとえば・・・
「さらに50ドルの昇給」

2.新情報
二番目に効果的な見出しは、新しい情報を提供するもの。

たとえば・・・
「出ました新タイプのハンドクリーナー」

3.好奇心
三番目に効果的な見出しは、好奇心をそそるもの。

たとえば・・・
「行方不明:3万5,000ドル」

なんだか、すごく簡単ですね。
でも、真実はいつも単純なもの。
上の3つの問題もこれらの基準で見てみると違いが明らかですね。

次は、実際の見出しを使ってこれに改良を加えてみましょう。

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明けましてあめでとうございます。

今年は年初から波乱の幕開けですね。株安、円高、原油高。日本は大丈夫なのだろうかと心配になってしまいます。しかし、冷静に考えてみれば、株安になったからといって株を持っていない人間には直接的な影響はありませんし、むしろ今が絶好の買い時とも言えます。それに、円高といったって輸出産業でなければ直接は関係ありませんし、海外旅行は安く行けてラッキーと言えます。原油高はいろいろなモノの値段が上がってちょっとこたえますが、運送会社の経営のことを考えれば我慢できない程のことではありません。

それよりも、マスコミが大変だ、大変だと煽ることによって、私達消費者が財布のヒモをギュギュッと締めてしまうことの方がよっぽど恐ろしいですよね。こうなると個人消費がたちまち落ち込んでしまい、一遍に不況になってしまいますもんね。ですから、ここは、冷静になって株安、円高、原油高になったことによって、自分の生活が1ヶ月あたりどの位の影響を受けるかを考えて、例えばそれが1万円だとしたら、その分は節約するけれどもあとは普段どおりの生活をする、というのが立派な大人の態度といえます。

もちろん、会社経営においても、これらの影響がどの程度なのかを把握して、対策を立てる必要はあります。しかし、それと同じか、もしくは、それ以上に大事なのは、営々と築いてきた自分たちの商売と信用をいかに成長発展させてゆくかということなのではないでしょうか。

前置きが長くなりましたが、ホームページ×ブログ×メルマガの話に移りましょう。何故、唐突にこのような話をするのかというとこれらのITツールを使って皆さんの商売を一層強化して頂きたいと思うからであります。

私共の事務所でもホームページは作ってありますし、ブログも月一回ですが更新しています。ホームページ経由で相続税の申告の依頼がきたり、法人の顧問契約を結ばせて頂いたこともあります。

ですが、もっとこれらのITツールを有効に使って私共の事務所をPRしてゆきたいと以前から思っていました。というのも、私共では定期的に簿記・会計・税務・労務・経営などのセミナーを開催しておりますが、これらのセミナーの集客がすこぶる悪いのです。簿記セミナーは、おかげさまで、定員近くまで参加して頂いておりますが、その他のセミナーは3人~5人ぐらいの参加者です。ひどい時は、申し込み者がゼロで開催できなかったなんてのもあります。

これは、なんとかせねば。
私共の事務所では職員全員が、「歌って踊れる」ならぬ「話して書ける」職員を目指していますが、セミナーの講師は外部から招くことは少なく、ほとんど自前で開催しています。ですが、せっかく開催したセミナーの参加者が1人とか2人では、講師となってくれる職員に申し訳ない。せめて最低でも10名ぐらいの参加者を集めなければということで、いろいろ考えたあげくメルマガで集客してみてはどうだろうと思い至った次第です。

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
いやぁ~秋ですねえ。いま時分の空の色はとっても透きとおっていて、さわやかで気持ちのよいものですね。木陰で寝ころんで一日中空の色を眺めていられたら、他にはなんにもいらない心持ちになれますね。

先月、藤原正彦さん竹中平蔵さんの講演を聞く機会がありましたので今回はそのことについて書いてみます。

藤原正彦さんの講演で一番面白かったのは、世の中は平等じゃないということを説明するのに「世の中は平等では決してありません。それは私とキムタクに対するご婦人方の態度を見れば歴然です」という例を出して説明されたことです。

これには頷かざるを得ませんでした。藤原さんの顔写真を見たことのある人ならばわかっていただけると思いますが、実物もまさにそのとおりの風貌でした。

藤原先生を駅から会場までお出迎えした人の話によると「藤原さんはお出迎えに行っても挨拶ひとつしない、会場までの車中でも一言もしゃべらない、大学の教授だからとんでもない常識知らずだと思ったんだけど、講演の内容はすばらしい。一言もしゃべらないのはきっと、ものすごくシャイな人なんだね」と評していました。

次に感心したのは、「いじめ」問題に関しての話です。
こちらは、藤原先生の著書「国家の品格」から引用します。

「いじめを本当に減らしたいのなら、『大勢で一人をやっつけることは文句なしに卑怯である』ということを、叩き込まないといけない。たとえ、いじめている側の子供たちが清く正しく美しくて、いじめられている側が性格のひん曲った大嘘つきだったとしても、です。『そんな奴なら大勢で制裁していいじゃないか』というのは論理の話。『卑怯』というのはそういう論理を超越して、とにかく『駄目だから駄目だ』ということです。この世の中には、論理に乗らないが大切なことがある。それを徹底的に叩き込むしかありません」。

私が子供の頃にも「いじめ」はあったと思います。そして「卑怯を憎む心」もわずかながら残っていたように思います。今の子供たちは、この「卑怯」という言葉を忘れてしまっているかのように見えます。ここは一番、親父が「そんな卑怯なことはするな」と一喝して、バーンとぶん殴りましょう。子供が小さいうちに。

竹中平蔵さんの講演は「福田首相になっても、小泉流の改革を押し進めるべきだ。改革を押し進めることによってのみ経済成長を維持できる。経済成長なくして財政再建も国家の繁栄もあり得ない」という内容だったと思います。だったと思いますというのは、前夜の酒のせいで記憶がところどころ(又はほとんど)失われていることによるものです。

こちらの話は、私としては違和感を覚えるものでした。
確かに言っていることはそのとおりで、論理もきちっと通っているのですが、あまり魅力を感じないのです。経済成長を押し進めた後の私たちの生活が、いまよりもっとよくなっているのかということを考えると、どうもそうならないように思うのです。

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
外は今日も雨・・・。

なんて、悠長なことを言っている場合ではありません。台風です、台風が来ています。今夜から明日早朝にかけて大雨の恐れがあります。私どもの事務所は低いところにあるので、水がつく可能性があります。今日は事務所を休みにした方がよいのでしょうか。こういう時、組織の長は、一人事務所に残って事務所とともに沈んでゆくのがあるべき姿なのでしょうか。悩ましい限りです。

話は変わりますが、最近私どもの事務所は所員の増員につれて、入れ替わりが激しくなっており、なかなか安定しません。また、コミュニケーション不足で社員のベクトルが揃っていないようにも感じられます。そこで、今回は組織のことについて書いてみたいと思います。

組織のことについて考えていたときに思いついたのが、随分前に読んだ堺屋太一さんの「組織の盛衰」という本のことです。

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この本は平成5年に書かれた本ですが、今読んでも少しも古臭さを感じさせません。豊臣家、帝国陸海軍、日本石炭産業といった巨大組織が栄えて滅びるまでのケーススタディを紹介し、組織が死に至る病として、次の三点を指摘しています。

第一に「機能体の共同体化」、第二は「環境への過剰適応」、そして第三番目は「成功体験への埋没」ということ。このうち解りづらいのが「機能体の共同体化」という考え方です。氏の著作から引用すると、こんな感じです。

「組織には機能体と共同体がある。共同体とは構成員の幸せを追求するための組織であり、機能体とは一つの目的を達成するための組織である。ところが、軍隊とか官庁、企業といった機能体が、「構成員の共同体化する」危機は常にある。

組織には自らの拡大を求め、内部の結束強化を追求する本能的な欲求がある。つまり、組織は組織の作られた目的とは別に組織自体の目的を持つ。そしてそれは構成員の組織人としての幸せ追求にも通じている。従って、組織が確立し、構成員が固定化するようになれば、その地位向上と権限拡大とが、組織全体の目的と化することになり易い。これが強まり慣習化すれば、構成員の間に共同体意識ができあがり、専ら構成員の幸せを求める『構成員共同体』になってしまう。軍隊で言えば『軍人共同体』、会社で言えば『社員共同体』、官庁で言えば『役人天国』である。」

そこで、私どもの組織が「死に至る病」にかかっていないかを検証してみることにしましょう。

まず、解りやすいのが「成功体験への埋没」についてです。
これは、私どもには「ない」と断言してよいでしょう。なぜなら、私どもは未だ嘗て儲かって、儲かってしょうがないなどという業績を挙げたことは一度もないからです。いつもカツカツで運営していて、ちょっと油断すればすぐにお金が足りなくなってしまいます。

次に、「環境への過剰適応」です。
これも「ない」といってよいでしょう。特に最近の税理士業界は変化が激しくなっています。毎年の税制改正は当然として、最近では会計が大きく変化しています。さらに「電子帳簿保存法」への対応や「電子申告」「電子納税」への対応、「書面添付制度」(税務監査証明のようなものです)への対応等、やらなければならないことが目白押しです。現時点でこれらすべてに対応できているかといえば、首を傾げざるを得ない状況です。

最後に、「機能体の共同体化」です。
これは、少し疑わしいように感じます。堺屋氏によれば、「機能組織の共同体化の恐ろしさは組織内部では発見し難いが、それを外形的に捉える尺度が三つある」ということです。

その第一が「年功人事」、第二が「情報の内部秘匿」、第三が「総花主義(集中の不能)」です。

これらについて検証してみます。最初に「情報の内部秘匿」、組織の内部を見せまいとする、特に不祥事や内紛などは、外に見せると構成員全体が批判と軽蔑を受ける恐れがあるので、絶対に秘密にして内部で処理しようとすることです。このことについては、以前私どもの事務所で起きた不祥事について関係するお客様に公開し謝罪して回ったことがありますので、大丈夫だと思います(本当は不祥事などないほうがよいのですが・・・)。

次に、「総花主義(集中の不能)」、機能組織がその本来の目的を達成するためには、臨機に必要な能力(資産、施設機材、人材、情報)を重要な断面(戦場や事業)に集中することが必要となるが、これには当然、重要ではないと判断された部局から不満や苦情が出て、資源を集中させられなくなってしまうことです。これについては、判断が難しいところです。私どもの事務所ではいろいろなことを手がけていますが、どれも中途半端な状態になっていることは否めません。従って、集中はできていないのですが、それは組織が硬直化して集中が不能になっているということではないように思います。とりあえずこの項目は保留としておきましょう。

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みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
天気予報のお兄さんが言うのには、今年はカラ梅雨だそうで、始まりが遅く終りが早く、水不足が今から心配とのことです。梅雨の期間が短くても、その間に集中的に降ってくれれば良いのでしょうが、何か熱帯雨林のスコールみたいで、風情がないですね。

ところで、みなさん、最近感動してないなぁと感じることはありませんか。
私は、脳科学者で「NHK仕事の流儀」のキャスターを勤める茂木健一郎さんの「感動する脳」という本を読んでいて、つくづくそう思ってしまいました。

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star脳科学者のエッセイ集
starギップイヤー
star本来の茂木さんらしくないんですが。。。

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以下は同書からの引用です。

「たとえば多くのビジネスマンが、『この頃感動するような出来事に会わないなぁ』と呟きます。面白いことに、会社での評価が高い優秀なビジネスマンほどこの言葉を口にしたりします。どうしてそういう傾向が表れてくるのでしょうか。

...中略...

彼らの周りにも、感動の種はたくさん落ちています。映画や音楽ももちろんそうだし、移りゆく季節や風景の美しさも充分に感動を生み出すものでしょう。しかし、優秀なビジネスマンたちは、そういうものを一切排除しようとする。感動の種を決して拾おうとはしない。なぜならそれらは、仕事の目的のためには全く必要がないと判断するからです。せっかく無意識がつかんでいる感動の種を、強烈な意識で抑圧してしまう。せっかく神が与えてくれた脳を使うことなく過ごしている。何ともったいないことでしょう」

よかったですねぇ。みなさんも私も優秀なビジネスマンだったんですね。

て、そんなことで喜んでいる場合ではありません。問題は、二十世紀最大の天才科学者アインシュタインの「感動することをやめた人は、生きていないのと同じことである」(前掲書)という言葉です。これによれば、私達は「すでに死んでいる」(by ケンシロー)ということになってしまいます。

さらに、「意欲のないところに創造性は芽生えない、創造性のないところに感動というものはやってこない」(前掲書)。

そして、「創造力=体験×意欲」(前掲書)だとすると、体験は歳をとるごとに増えてゆく訳だから、子供なんかよりも私達のほうがよっぽど創造力が増し、よりたくさんの感動を味わえるということになるはずです。

しかし、残念ながら子供達のほうが私よりもよっぽど多くの感動を味わっているように思えます。どうしてそうなるのかというと、意欲が歳をとるにつれて減退してゆくからです。

では、どうして歳をとるにつれて意欲が減退してゆくのか。
茂木さんによれば、「意欲は特別なものではなく、ごく当たり前に人に備わっている」のですが、「生きる上で避けることができない不確実性は歳をとるにつれ滅ってゆく」。

つまり、「生きる意欲は、先が見えない、何が起こるかわからない、どうなるかが決まっていないからこそ湧いてくる」のですが、私達のような立派な大人は「新しいものなどなにもないと脳が勝手に思い込んでいる」ために、「どうせ明日は、今日の延長線に過ぎない、もう世の中には知らないことは何もないし、また知ったところで大した意味はない」という悟りにも近い境地の中で日々暮らしているからなんですね。