| しかし、大学では麻雀とお酒三昧だった森は、大学4年のときに1科目受験したが、見事不合格。それでも受験をめざして、東京の会計事務所に就職したものの、連日夜中までの残業に加え、ここでも待っていたのはアルコール漬け。「これでは、何年いても勉強などできない」とそこを10ヶ月たらずで辞めてしまった。森は悩んだ挙句、両親に泣きついた。
「ごめんなさい。あと2年、受験勉強させてください」
「いい加減にしろ!」
と父にどやされたものの、何とか2年間の猶予を与えられた。親のすねをかじっておいて、情けない結果は残せないと「このときばかりは本気で頑張った」森は翌年に3科目合格。そして2年目に残り2科目を受験したのち、修善寺に戻ってきた。
最初は比較的大規模な事務所を目指していたが、3科目合格がかえってあだになったのか、ことごとく不採用。そんなある日、沼津の税理士会に相談しにいったところ、対応してくれた税理士が紹介してくれたのが、相原健夫税理士だった。今すぐ面接に行けといわれ、Tシャツ、ジーパン、ひげ面といういでたちのまま、相原会計(現ひばり税理士法人)へ向かった。
「明日から来ていいよ」。
相原の意外な言葉に面食らったのは森本人だった。そんないでたちで面接に通るなんて考えてもみなかったからだ。1986年9月のことだった。
怒涛の研修時代に学んだことは今の考えの基礎になっている
森の怒涛の研修時代はここから始まる。入所したその年に、創造経営教室の基礎コース、翌年には同中級コース、90年には同上級コース、同年からはNKGのTコース、Cコース、倫理研究所経営者コース、東京経営研究センター、TKCの職員研修等々。毎年何らかの研修に参加させられた。当時、相原会計は職員4〜5名の小規模事務所。年間数百万単位の研修費は相当な負担だったはず。それでも相原は森に研修させつづけていた。
研修の内容に納得できず、何度も相原に不満をもらした。しかし、そんなときでも、相原はにこやかな顔で 「そうだなあ、でも後できっと役に立つから、もう少し頑張れ」 となだめていたという。
今、森はそれらの研修を受けた事を非常にありがたく感じているという。「教えられたものは、ごく当たり前のこと。挨拶だったり、早起きすることだったり、いわゆる基準行動というやつです。結構、いま自分が社員に言っていることなんですよね」と森は笑う。 バカバカしいと感じていたことが、数年たったいま、その本当の大事さを理解できるようになったのである。
その頃、相原会計は決して優良な会計事務所とはいえなかった。連日、夜遅くまで残業し、来る日も来る日も日々の仕事に追われるように仕事をしていたという。確定申告のころには、こんなことが多々あった。土曜日に職員全員で出勤し、昼休みに1杯だけ飲んだビールで、全員が夕方まで寝込んでしまうのだ。疲労の限界で仕事をしていた時代だった。
「こんなことをしていたら、全員つぶれてしまう」
当時の職員全員が同様の気持ちを持っていたと森がいう。いろんな業務(サービス)をしたいと考えていた相原と職員の溝が生じ、一触即発の分裂の危機が続いた。
そこから、事務所の大改革が始まった。森が研修に参加していた東京経営研究センターの宮本氏に相談したところ、「職員を全員巻き込んで中長期の経営計画を策定することから始めなさい」といわれた。
改革には、行動と意識の変化の両輪が必要なのだが、相原会計の場合、職員全員が自らの健康の危機も感じていたのだろう。その両方が比較的スムーズに回ることができた。「それでも、コンサルタントの棚橋先生には、毎回どやされながらやっていました」と森。だが、その成果は見事にあらわれる。職員数名、月次監査率も30%未満だったのが、現在では職員19名(含む併設法人)、一人当たりの関与先が最高で24件という量にも関わらず、月次監査率90%超を達成するまでになっている。それだけ業務の効率化と意識の統一が行われている証である。
「相原に拾われ、育てて頂いた」という意識が森には常にある。それが森の原点でもある。「今さら、相原には恩返しはできない」から、せめて職員を育てることが自らの役目だと考えているのだ。そんな森は先日、TKCの研修でこんな題名の講演を行った。
「ひばりのほったらかし人財育成塾」。これが森の現在の職員教育の基本的な考え方だ。研修の大事さはよく理解している。だが、本人がやる気のない研修は参加させても無意味。だからというわけではないが、外部研修は本人の希望があれば、基本的には何でも受講できる。もちろん、参加費は事務所もちである。その一方で、所内研修はほとんどないという。そこには、社員のやる気を起こさせ、自分の希望を叶えさせることが一番大事という森の考え方がある。そして、「習うより慣れろ」ではないが、実践的な研修の方が、実務には役に立つと森は考えている。
そのひとつがセミナーである。ひばり税理士法人では、関与先向けの様々なセミナーが開催されるが、そうしたセミナーは社員が担当するケースが多い。「人前で話すのが本人にとって一番勉強になるからね」と森は言う。森にとって職員教育の意味は、自分(社員)のため、関与先のため、事務所のため。社員の成長こそが事務所の成長の度合いだと神事で疑わない。だからこそ、社員が一番成長しやすいことだけを考えている。
事務所改革と並ぶもうひとつの転換点
そんな森の集大成ともいえるのが、来年1月から実施する事業部制度。社員にやってみたい事業を提案させ、提案した本人が事業部長になるという方法でスタートさせる。何と12人の監査担当者のうち、採用1年未満の3人を除く、9人全員がそれぞれの案を計画し、来年1月から本格的に作動させる。
森は2年ほど前から、税理士資格をめざしていない社員に対しても、何でもいいから資格を取得することを勧めている。その結果、いまでは社労士、行政書士、宅建、FP、ITコーディネータなど様々な資格を保有するようになっている。それぞれがそうした得意分野を生かして、事業部制にチャレンジしようとしているのだ。
この事業部制には幾つかの意味が含まれている。その最大の意味は、相原会計は今年1月に「ひばり税理士法人」へと組織変更した。これによって、税理士以外の人がトップに立つ事が不可能になってしまったのだ。だからとって、30代なかばをすぎた社員に今から税理士資格を目指せというのは酷である。そうした社員にもトップになる夢を持たせてあげたいというのが発想の基本である。
もうひとつは、事業部制をとることによって、一人ひとりに経営者感覚を持たせることができるようになると考えている。監査担当者は経営者のコーディネーターであり、パートナーというのが森の考え。自らが営業し、コストを考え、1から10まで責任をとることで経営者の本当の大変さを理解した方が、本当のコーディネートが可能になると考えている。
森は毎年、年に2回職員との面談を行うようにしているが、今年の1月の面談を行う際に「生涯幸福設計シート」を提出させた。1年後、3年後、10年後、30年後の自らの未来について、「あるべき姿」と「行動計画」をそれぞれ書かせた。全部で100項目をこえる内容にもかかわらず社員全員が完璧に記入してきた。この内容をもとに、社員と面談することで社員が何を考え、どのような夢を持っているかをより理解することができるようになったという。今回の事業部制もこうした中から誕生したものである。
所長としてやりたいことが見つかった喜び
森はもともと明るい性格で、どちらかといえば一言多いタイプだという。「思ったことを黙っていられない」性格で師でもある相原に何度も食って掛かったこともある、やりたいことをやる。それは学生時代も、職員時代も今も同様である。しかし、相原から実務的なトップを譲り受けたころから、社員の中には「森さん少し暗くなっちゃったね」という声が聞こえるようになっていたという。本人はそんなつもりはなかったようだが、やはり10人以上の社員をかかえ、自らが本当にやりたいことを見失っていたのかもしれない。 |